大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(ネ)973号 判決 1961年1月17日

控訴人(原告) 日下正一

被控訴人(被告) 東京都中野区長・東京都中野区

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「(一)、原判決を取消す。(二)、被控訴人東京都中野区長が昭和三十二年七月十九日控訴人に対し、健康保険法に基く哺育手当金請求のため控訴人のした戸籍に関する無償証明請求を却下した処分の無効であることを確認する。(三)、被控訴人中野区長が前同日控訴人に対し、前記哺育手当金請求のための戸籍に関する証明請求について手数料三十円を賦課した処分の無効であることを確認する。(四)、被控訴人東京都中野区は控訴人に対し金三十円及びこれに対する昭和三十三年四月九日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。(五)、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、「仮りに右(二)、(三)の請求が認められないときは、右(二)、(三)の予備的請求として、右各処分を取消す旨の判決を求める。」と述べ、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴人において、「控訴人は昭和三十二年七月十九日被控訴人中野区長に対し、控訴人が同年一月一日から同年六月三十日まで長女みつこを哺育したことの証明を無償ですべきことを請求したが同被控訴人は手数料三十円の納付がなければこれに応じられないとのことであつた。そこで控訴人は、即日三十円の手数料を納付して右哺育証明を請求したところ、同被控訴人から哺育証明書の交付を受け得たものであるが、右手数料の賦課は何ら法的根拠のないものである。なお、同被控訴人のした異議却下決定は昭和三十二年十月十日控訴人に到達した。」と述べ、被控訴代理人において、「右控訴人主張事実中被控訴人中野区長が控訴人主張のとおり控訴人から手数料三十円の納付を受けてその請求に応じ、哺育の事実の証明をしたこと及び異議却下決定到達の日が控訴人主張のとおりであることはいずれも認めるが、控訴人主張のように無償証明の請求が別になされて、これを却下したということはない。また、被控訴人中野区長のした哺育の証明については原審において主張したとおり中野区手数料条例第二条第二二号により手数料を徴収し得るのみならず、同条第一九号の「諸届書に対する証明」にも該当するものであるから、同号によつて手数料を徴収し得るものである。」と述べたほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(証拠省略)

理由

〔本件における事実関係〕

控訴人が健康保健法所定の被保険者で、昭和三十二年七月十九日当時東京都中野区に居住していたことは当事者間に争がない。

しかして成立に争のない乙第一、二号証(乙第二号証については原本の存在及び成立に争がない)並びに当審における控訴本人の供述によれば、控訴人は昭和三十二年七月十九日被控訴人区長に対し、健康保険法に基く控訴人の長女みつこの哺育手当金請求のため必要であるとして、控訴人が同年一月一日から同年六月三十日までみつこを哺育した旨の証明を請求し、なおその際右証明にあたつて同法第七条により証明手数料を要しないものであるからこれを徴収しないよう申入れたが、被控訴人区長は控訴人に対し手数料三十円を賦課したので、控訴人は右三十円を納付して哺育証明(乙第二号証)を得たことを認めることができる(右のうち、手数料賦課徴収の事実は当事者間に争がない)。

〔無償証明請求却下処分の無効確認及び取消を求める請求について〕

前段認定の事実によれば、控訴人の証明請求に対し被控訴人区長は手数料賦課処分をした上、証明をしたにとどまるもので、控訴人の手数料なしで証明されたいとの申入れが容れられなかつたにせよ、右手数料賦課処分とは別個独立に無償証明請求の却下処分があつたと解すべきでないこと原判決の理由に述べるとおりである。従つて当裁判所は、原判決と同じ理由で控訴人の請求中、無償証明却下処分の存在することを前提としてその無効確認ないし取消を求める訴は不適法として却下を免れないものと判断する。

〔手数料賦課処分の無効確認及び取消を求める請求について〕

控訴人はまず、被控訴人中野区長の手数料賦課処分は東京都中野区手数料条例第二条第二二号に基くものであるところ、右条項は健康保険法第七条に違反し、憲法第九四条、地方自治法第一四条第一項の規定に照らし無効であるからこれに基く右手数料賦課処分もまた無効であると主張する。よつて考えるに、右条例第二条(昭和二十七年七月十四日東京都中野区条例第一五号による改正後のもの)には、「事務手数料は左の事項の請求者から請求の際徴収する。」と規定され、その第二二号として、「住民票又は戸籍の附票(除かれた住民票又は戸籍の附票も含む)の謄本、証明、閲覧及び謄本、抄本の記載事項に変更がないことの証明」とあるのであつて、右条項は住民登録法に基く住民票又は戸籍の附票に関する証明(住民登録法第一〇条参照)につき事務手数料を規定したものと解すべきである。しかるに、健康保険法第七条にいわゆる戸籍に関する証明とは戸籍法に基く戸簿簿もしくは戸籍に関する届書の記載事項又は届出の受理、不受理についての証明(戸籍法第一〇条、同法第四八条参照)をいうものと解すべきであつて、前記条例の規定する証明とはその対象を異にするものであるから、右条例の規定が健康保険法第七条の規定に違反しこれがため無効となるものとはいえない。

のみならず、右条例第一条には、「東京都中野区の事務手数料の徴収についてはこの条例の定めるところによる。但し、法令の規定により取扱うもの又は別に規定のあるものはこの限りでない。」と規定され、右規定によれば、若し他の法令によつて無償とされているものについては、もとよりこれに従い手数料を徴収しない趣旨も含まれていると解されるので、具体的の手数料賦課処分が法令ないし右条例の趣旨に反して違法となり得ることは別として、右条例自体が控訴人主張のように健康保険法第七条に違反し、この点で無効となるものとは到底考えられない。

次に控訴人は右手数料賦課処分は健康保険法第七条に違反し無効であると主張する。

思うに、同条にいう「戸籍に関し……無償にて証明を求むることを得」。とは、既に触れたように、戸籍簿の記載自体に関する事項のみにとどまらず、戸籍に関する届出の受理もしくは届書の記載事項(戸籍法第四八条)についても無償で証明を求め得る趣旨であると解するのがその立法の趣旨にかなうものと考えられるが、それにしても、無償で証明を求め得るのは戸籍に関する右のような事項に限るものと解すべきである(健康保険法第七条は旧国家公務員共済組合法第一一条のように広く無料の証明を認めていない)。しかるに、控訴人の求める証明は、昭和三十二年一月一日から同年六月三十日まで控訴人が長女みつこを哺育した事実を対象とすることは既に述べたとおりであり、右事実の証明は戸籍簿の記載事項についての証明ではなく、また、出生届に記載された事項の証明にすぎないものともいゝ難く、むしろ、通常住民票の記載から認め得る同居の事実に請求者の陳述等を参酌して証明し得る事項についての一般行政証明といわなければならない。従つて控訴人の請求する証明は健康保険法第七条により無償で求め得るものに属せず、被控訴人中野区長のなした手数料賦課処分が同条に違反するとの控訴人の主張は採用できないものといわなければならない。

もつとも右哺育の事実の証明は住民票又は戸籍の附票の記載事項そのものについての証明ではないから、前記条例第二条第二二号の予定する事項にそのままあてはまるものではないといわなければならないのであるが、同条第一九号は広く「諸届書に対する証明」についても手数料(同条例第三条第一項によれば三十円)を徴収する旨定められており、本件の証明はこれに該当するものとみるべきである。もつとも本件においては単なる「届書」ではなく、哺育手当金の請求に関するものであるけれども、右にいわゆる「届書」はこれを狭く解してかような請求のための書面を除外する趣旨とみるべき理由はないのみならず、右請求にはその前提として哺育の事実の届出を含むと解されるので、いずれにしても本件の証明は条例第二条第一九号に該当するものと解すべきは当然である。しかして被控訴人中野区が右の手数料徴収に関し条例を定め得ることは、地方自治法第二二二条、第二二三条により明らかであるから、被控訴人中野区長のなした手数料賦課処分が法令上の根拠を欠くという控訴人の主張も採用の限りでない。

以上述べたとおり、本件手数料賦課処分には控訴人の主張するような違法は存しないから、その無効確認ないし取消を求める控訴人の請求は理由がなく、これを棄却すべきものである。

〔被控訴人中野区に対する不当利得返還及び損害賠償の請求について〕

既に判断したところから明らかなように、本件手数料賦課処分は、控訴人主張のように無効とはいえず、またその主張のような違法は存しないから、これを前提とする不当利得返還及び損害賠償の各請求はその余の点を判断するまでもなく、失当として棄却を免かれない。

〔結論〕

以上述べたとおり、控訴人の各請求中その無償証明の請求を却下した処分の無効確認及び取消を求める訴は不適法として却下すべきものであり、その余の各請求はいずれも理由がなく、棄却すべきものである。よつてこれと同趣旨の原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 猪俣幸一 安岡満彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例